ミレニアム 記念十二支陶板シリーズ
ミレニアム 記念陶板 [龍]
ミレニアム 記念陶板 [巳]
ミレニアム 記念陶板 [馬]
ミレニアム 記念陶板 [羊]
ミレニアム 記念陶板 [猿]
ミレニアム 記念陶板 [鶏]
ミレニアム 記念陶板 [戌]
ミレニアム 記念陶板 [亥]
ミレニアム 記念陶板 [子]
ミレニアム 記念陶板 [牛]
ミレニアム 記念陶板 [虎]
ミレニアム 記念陶板 [兎]
ミレニアム 記念陶板 [龍]
ミレニアム 記念陶板 [巳]
ミレニアム 記念陶板 [馬]
ミレニアム 記念陶板 [羊]
ミレニアム 記念陶板 [猿]
ミレニアム 記念陶板 [鶏]
ミレニアム 記念陶板 [戌]
ミレニアム 記念陶板 [亥]
ミレニアム 記念陶板 [子]
ミレニアム 記念陶板 [牛]
ミレニアム 記念陶板 [虎]
ミレニアム 記念陶板 [兎]龍は古くから東洋人の心と精神世界で大きな象徴性を与えてきた動物であります。
人間の運命は天が司ると信じる人達の観念の中で龍の荘厳さや華麗さ、それに非凡な造化力は帝王の権威と威厳を表すものとされ、万物の統治や護国龍思想をもたらしました。人々は出世•立身の志を成し遂げるために龍の文様を入れた品物を身につけて常に祥瑞の夢を念願してきました。(登龍門)
一方、説話や伝説、宗教、民俗では龍の存在を吉祥、理想と夢、辟邪祈福、無病長寿、豊かな象徴する対象として認められてきました。
韓国の民話に「巳」にまつわる、こんな話があります。 昔、あるところに貧しいけれど、大変正直な農夫がおりました。ある時、食べるものがなくなった農夫は、妻の実家に米をもらいに行きました。 ところが、妻の父親は「おまえにくれてやる米はない。これに牛のえさでもいれて持っていけ」と、小さな葛籠(つづら)といっしょに、農夫を追い出しました。
かわいそうな農夫が家に帰り、葛籠(つづら)を開けると、中から大きな青大将が飛び出し、天井裏に逃げてしまいました。不思議なことに、その後、農夫の家は運が開け大金持ちになり、妻の実家は貧乏になってしまいました。それは「福」をもたらす青大将が、娘婿の家に行ってしまったためでした。 韓国の田舎では、今でも「福の神」が來るとか逃げるとか言います。そして青大将が災難除けとして、家財を守ってくれる「福」の使いと考えられています。
人間が幸せな人生を歩めるのは、宇宙万物の調和、天の力と地の力の結びつきのおかげだと信じられています。十二支もそれにのっとり、その年の守護神をお迎えして、人間の願いを祈るものでした。
干支の一つである「午:馬」は東アジア一帯では神聖な動物として見られました。干支の「牛」が土地の神と女神として敬われて來た一方、「午」は太陽神と男性神の象徴として神聖․信義․仁の意味を持っております。 特に一日で太陽が一番高い所に位置する時刻を[正午]と表していることからも伺われると思います。 「午」は王の権威であり、民間においては天福星として福を呼ぶ吉の意味を持っております。
干支の一つの『羊』は 新石器時代に定住し始めた人間が農耕生活を営むようになってから家畜化されたように思われていますが、実はそれより遥か以前、農耕が始まる前にすでに飼い慣らされていたと云われております。
遊牧民にとっては 衣․食․住 の全てを解決してくれる大切な動物です。 衣食住は人間の文化の中で最も基本であり、この基本的な『生』を授けてくれる羊は遊牧民にとっては大変有益な動物でした。しかし衣食住の為にのみ利用されてきた訳ではなく、神と人間を連結させる献身的な役割も果たして来ました。また従順と純粋を象徴し、穏やかで優しく柔和な人を見れば「羊のような人」と言います。 高次元的である精神的な側面においても、やはり多種多様な恩恵を人間に贈り物として与え続けて来ました。
羊は群れをなして生き、 高い山に登ることを好みます。 漢字で『群』を表わす時、君子である「君」と温順な「羊」を組み合わせて一つの漢字になった、と云われています。本来、羊が群がって生活をするところから出た合成語ですが、 そこに君子然としている姿の意味が込められており、 たとえ群がって生きても他人に害悪を及ぼさない君子としての威厳と品位、そして共生の知恵の意味が込められております。 最近のように「情」が薄れ世相が荒れて來て、以前には想像もできなかった事件が起きる度に感じることは、 羊のような生き方が私達に必要だということを痛感させられます。
干支の九番目に当たる猿は霊長類として知能が高く、聡明な動物であります。言葉もそれなりに駆使し、説話の中に登場する猿の姿や心性は人間と似てます。統一新羅時代に中国より伝えられ、詩歌、俗談、故事成語、各種文様、及び民画などに用いられ、崇高なる母性愛、知恵、信義、勇猛、義侠心、更には官運や長寿を表す吉祥として受け入れられて來ました。
高麗時代、生活用具である銅鏡ㆍ青磁硯滴等に猿の形像が数多く見られるのは、無病息災を祈願した為、と云われております。 自生地である中国やインドで、沢山の説話の分布が見られます。特にインドでは経典の中で、猿が因果応報の仏教思想を伝播するのに大いなる貢献をしております。
明国の呉承恩の著わした「西遊記」に出てくる孫悟空は、神出鬼没、人並外れた武芸で、勇猛無双な正義の守護神として描写されております。
このように、人々が守り抜かねばならない徳目の表れとしての猿の像は、私達に夢と希望をもたらしてくれるだけでなく、知恵をもって勇敢に生きる人の道を示してくれているようです。
十二支の10番目にかぞえられる鶏はすべてのものの初めを意味する動物と言われており、夜明けを知らせる鶏の力強く大きな鳴き声は新しい時代の始まりを象徴する序曲として受け入れられ、めでたく、神通力をもった瑞鳥とされてきました。鶏は吉兆を表わし、五つの徳を持っていると言われて来ました。
頭上の鶏冠は「文」を、足指爪は「武」を象徴し、敵を前にして勇ましく戦う様は 「勇」、餌を見つければ群れを呼ぶことを「仁」、そして、時に合わせて夜明けを知らせることは「信」にあたると言われてきました。
韓国では婚礼を挙げる時、鶏を青紅の風呂敷に包んで、婚礼台に上げるという風習がありますが、これは鶏がこの世の出来事を、天の神さまとご先祖に伝えるということに由来し、また妻子の面倒をよく見る雄鳥と、卵を生んできちんと雛の面倒をみる雌鳥に喩えて、新しく旅立つ夫婦に贈るものでした。
鶏は鳴き声を挙げて黎明の到来を予告し、時を知らせる時報の役目と、これからのことを予め知らせてくれる予知の能力があるとも言われております。三国史記によれば、キ厶•アルチ(金閼智:慶州 金氏の始祖)の誕生説話には、鶏が声を大きく上げ、国家と民族に偉大な人物の誕生を知らせたと言われており、太初の声だったと伝えられております。
民間信仰では、その声が人を守ってくれたとして神聖視されてもきました。
犬は古今東西を問わず、人間と最も親しい動物と言われております。韓国でも同様で、自分の子供を「私の子犬」という愛称で呼ぶことがあり、家族の一員として扱われ、人間と同じものを食べ、愛玩犬、防犯犬、狩猟犬として多様な役割を果たし、また人間を守ることから「忠」の象徴であり、何でも口にくわえて家に帰ってくるために「富」の象徴とも云われて来ました。人間の道理に「三綱五倫」があるように、犬にも三つの「徳」と五つの「道理」があると言われております。
全羅北道の任実郡獒樹里が舞台の民話では、ある日、飼い主が泥酔し煙草を口にくわえたまま、野原で眠りこけてしまいました。煙草の火が野原の草に燃え広がると、飼い犬が水に飛び込み全身を水に濡らして、燃えている野原に濡れた体をなすりつけて火を消し、主人をかばい、犬は全身に火傷を負って死んでしまったと伝えられております。
このように、犬は水で火を消すことを知っている「知恵」、主人の為に身を惜しまない「仁徳」、燃えさかる炎も厭わずに飛び込む「勇気」の三徳があり、そして、生まれつき本性として「主人に向かって吠えないこと」(君臣の義)、「小さな犬は大きな犬に飛び掛からないこと」(長幼の序)、子犬が父犬の毛色に似ること」(父子の親)、 「時期が来なければ交わらないこと」(夫婦の別)、「一匹が吠えれば、村の全ての犬が吠えること」(朋友の信)の「五倫」の秩序があります。
これ以外にも、犬が人間に忠義を尽くす「義」を重んじる存在であることを伝える数多くの伝説や民話が、全国各地に分散する義犬塚や義犬碑等と共にあります。
守主解難 : 飼い主が危険に陥った時、 犬が人に知らせて助けた。 (民話)
授乳救児 : 飼い主がいない間に、 母犬が子供に乳を与えて育てた。 (慶州 崔家の伝説)
遠路伝書 : 犬が重要な文書を遠い所まで届けた。 (光州 鄭公 義犬碑文)
明堂点指 : 犬が死んで、 縁起の良い墓を建てる為の土地を探し当てた。(慶州 崔家の伝説)
盲人引導 : 目の不自由な主人の歩く道を導いた。 (民話)
12支の12番目で猪科に属する豚は、一度にたくさんの子供を産む為に多産の象徴であると共に人間が願う希望と富の象徴でもある。
豚に関した説話は大変多く、韓国では約2000年前に飼育し始められたと推測されている。高句麗時代は天に祭物として捧げる豚を“郊豕”として特別に管理をして育てられ、又、三国統一を果たし高麗時代を築いた太祖王建の祖父であるチャク・チェゴンが西海龍王から豚を贈り物として受け取ったとも伝えられている。朝鮮時代においても猪を臘享の祭祀の祭物として用いた。今日、巫女が神に祈願する儀式や家の祈願の祭祀、村の共同体の信仰においても豚を神聖な祭物として用いている。
神話では、このように神聖な祭物として用いられてきたことから、神通力を持った動物、祭儀の供え物、吉祥としての財産や福の根源、家の財神を象徴する。
民俗においては財産や福の根源であり家の守護神という観念が強く、豚の夢は吉夢とされ、夢を見たら運数大通といい、宝くじを買い未来の幸運に期待をしたりもする。
ねずみは、多産、豊饒、希望の象徴として、そして勤勉であり優れた能力を持った動物と伝えられて来ました。十二支の一番目に数えられるねずみは「子」と云う字の示す如く、その多産性は子孫繁栄の象徴とも云われて来ました。
小さな体に似合わず、几帳面に物を貯める勤勉な習性があることから、子の年生まれの人に関しても、君子は位が高くなり、小民は財宝が増える、と譬えられて来ました。
韓国の先祖は、家でねずみを見かけなくなると、何事かが起こるものと信じ、火事でも起こるのではないかと家の内外を見回る程鋭い超能力を持った存在と信じられました。また、航海の際には、船の事故を予知してくれるとして船に鼠郎(ねずみの部屋)を準備し共に航海をしました。
一方、ねずみは人達に水と火の使用法を教えてくれた動物としても知られて おります。 孫晋泰 先生の巫歌集「朝鮮神歌類編」の「創世歌」には、天地開闢の後、弥勒がねずみに水と火の根本を知っているかと質問をしたところ、ねずみが教えれば何をくれるのかと聞くので、弥勒が「天下の米櫃を与えよう」と云った為にねずみがその方法を教え天下の米櫃を全てねずみのものにした、と云うことが述べられています。
牛は、数千年にわたり人間に多くの助力と教訓を与えてくれた、人間にとって無くてはならぬ貴重な家族でありました。
農耕生活において農作業を手伝う動物ではありますが、富•財産そして力の象徴ともされ、歳時風俗や農村の祭りでは、牛は豊作を運んでくる動物としています。又、農家の最も重要な資産であり労動力でありました。
濟州道の三姓穴神話および高句麗時代の古墳の壁画などでは、牛は農作業の神として扱われており、韓国の各地で、新年には豊年を祈り、秋には一年間の労苦に対するねぎらいと豊作をもたらしてくれたことへの感謝をこめて色々な行事が執り行われてきました。
牛は純朴、勤勉であり、力強いが気性が穏やかで従順であります。これが韓國情緖に溶け込んで多様な観念と風俗を作り出してきました。そして、私たちの祖先は「牛は言葉は無くとも12の徳がある」とも評し、それをよく表した諺として、忍耐力と誠実性を「牛のように仕事をする」「牛のように稼ぐ」「時たまに歩いても牛の一歩」、慎重さを「牛に云ったことは喋らぬが、女房に云うと喋る」などと表現しています。ばか正直•忠実さを「目の見えない貧しい人に自分の尻尾をつかませて、乞食ができるようにし、その子供を成長させるようにした」という話が伝えられています。さらに「大きな牡牛が家のなかにはいる夢をみると大金持ちになる」という話もあります。
このように韓国文化で表される牛に対する象徵は、豊作と富•吉兆•勤勉•忠実•実直•慈愛•余裕などであります。
韓国は、国土の大部分が山である為に古くから虎が多く生息しておりましたことから「虎の国(虎談之國)」と云われて来ました。
その為か、虎に関する多くの説話が伝えられており、絵画、民話、工芸品等の遺物にも虎が題材として多く残されております。 古来韓国の人々にとっては、虎は単なる自然の動物ではなく、日頃の生活の奥深くまで染み込んだ身近な存在でありました。
虎を助けたら、後日、虎が恩返しをしてくれたと云う伝説があり、人間を守ってくれる存在だけでなく、山神信仰から仙人の使いとしても人々から崇められてきました。護身物としてソンビ(学者)達は筆立てや枕の題材に虎を用い、一般社会でも新年の吉祥飾りとして虎の絵を家の門などに飾り、一年の幸運を祈りました。 又、虎は気品と権威の象徴でもありましたので、武官の官服の胸と背中には虎の絵が装飾されていました。
韓国の人達の虎に対する愛着は今でも続いており、1988年に開催されたソウルオリンピックの際には、可愛い虎の子"ホドリ"がシンボルマークとなり、現在も警察のシンボルマークとして使用されております。
兎は我々の情緒の中で最も身近で愛らしい動物の一つに位置しています。 小さくて可愛いらしい顔、時々驚いたように弱々しい表情を見せる「善」な動物、素早く動き、英明で、知慧を持つ動物として認識されており、また家族で 行動することから家族愛を象徴する動物とも言われています。
また昔の人々は、月で杵を持って餅をついている兎の姿を描いて、千年万年平和で豊かな世が続き、なんの憂いも持たずに暮らしたいと願う理想世界、つまり不老長生を追求してきました。
これらは、我が国のパンソリ(韓国の伝統音楽・語り歌)の「水宮歌」や「兎生伝」などでも、よく描写されており、また民画、高句麗や新羅時代の古墳の壁画などにも多く見られ、それは永生の象徴性を示しています。